皆さんこんにちは。石川彰です。
今回私の駅伝での体験を話します。50年前の話です。
私は力不足で、とうとう箱根駅伝を走ることはかないませんでした。
スタート地点は観衆、マスコミ、応援団で異様な雰囲気
そこで1年の時、1区の選手の付き添いをしたのです。
ところが、当時有楽町読売新聞社前には、びっくりするほど大勢なマスコミ、カメラの放列、それに加えて、各大学の応援合戦、応援団長と、太鼓の音がドンドンドンと、ビルの谷間に響きます。付添いの私はその雰囲気にすっかり上がってしまいました。これでは、選手の方も力を発揮できるわけがありません。
選手は激励の握手を受けるたびに上がってゆく
また選手には、大学の関係者、今まで一度も見たことのないようなOBが、次々と、握手を求めて激励にきます。一人握手するごとに、上がっているように見えました。
そして、足が地面にについていないのがわかるほどでした。
結果は15校中13位のタスキリレー。力を発揮することは出来ませんでした。
しかしこの付添いの体験が2年後とても役に立ったのです。